Ys.Reibu

詩文

詩に眠る

∽∽彼女はおとなしくて、口数が少なかった。喋るのはたいてい彼のほうで、彼女は黙って、ずっと聞いていた。けれど、言葉がうつむいて、立ち止まってしまうと、彼女は拾い上げて、そっと色どりを戻してくれた。∽∽その色どりたちは、彼の内がわで、しずかに...
小説

∽∽その骨を手に取り見つめたとき依子は、たとえようもない何かに胸の奥を触られたように思った。∽∽アパートのドアの前でそれに気づくと、なぜか迷うことなく拾い上げていた。バッグから取り出したティッシュに包んでおり、直接触れてはいない。けれど、気...
随筆

「近代を見つめ直す」ということ

∽∽夏目漱石の作品を眺めていると、先人たちが築いた近代国家としての明治に、思いを巡らすことがある。∽∽そのたびに感じるのは、多くの漱石論が、その行き着く先を現代にまで至る国家論や思想史に求めて、頓挫してしまうということである。そこには、多く...
随筆

アルチュール・ランボーについて  補遺と私訳

∽∽前稿の補遺である。詩人を語り、詩は語らない。考えてみれば、意気地がない話である。詩は理解する以前に、音楽のように感じるものでもあると思う。けれど、感じた、でも説明はできない、では、逃げ口上のようでもある。詩を理解するということは、詩の言...
小説

玲奈

∽∽「三浜のDロットを、まず当たってみます。もしそれで適合がなければ、全タイプを調べてみます」袖ケ浦のバスターミナルへ戻るタクシーの中で野上が云った。玲奈は小さく頷くと、総務を必ず通すようにと返した。そうして、提携している大学の研究室には、...
随筆

アルチュール・ランボーについて

∽∽二十歳のころ、ランボーに魅せられていた。早熟・不遇・天才・並外れた行動力・不慮の病死。まったく、若さが人生に求めるような憧憬対象が詰まっていた。でも、正直に言えば、詩はよく分からなかった。小林秀雄・粟津則雄・鈴木和成らの著作を読んで、分...
随筆

「天皇を見つめ直す」ということ

∽∽天皇の在り方を、我々の民主主義の枠内に移し替えるというのは、どこか価値の支点が外れているように感じる。明治期に制度化された近代天皇制は、日本の通史の中に長くあった天皇の姿そのものではない。それ以前の天皇は、多くの時代において、御所の奥に...
小説

 窯変の青磁器

∽∽香月泰男という洋画家がいる。終戦直後、満州でソ連に抑留され、シベリアでの体験を作品に残している。香月の画をどこかで見掛けると、私は藤江領吾を思い出す。画中の人物と領吾が似ているかは自信がない。その二つを繋いでいた線は、いつの間に朽ちてし...
雑感

市井の主権者として思う

∽∽憲法を改正し、自衛隊を憲法上に明記したいという政府の考えは、理解ができないわけではない。極東の緊張を踏まえれば、自分の国は自分で守る。その言葉は、もっともらしいように響く。国威が痩せ、同盟の中に在ることが、経済力だけでは今後難しくなれば...
詩文

Boléro:Ravel

∽∽ドラムが執拗にリズムを繰り返す。射撃長が構えよと促す。銃身が乾いた音を立てる。鼓動が高まり、終わりが近づく。生命(いのち)が晒され、剥き出しになる。タクトが振り下ろされて、銃口が一斉に火を噴く。一瞬の静寂が、奏者と観衆を捉える。トロンボ...
随筆

《オランピア》―見る者の心性を晒す眼差し

∽∽昨今の炎上騒ぎを目にすると、思い出す絵がある。エドゥアール・マネの《オランピア》である。サロンに展示された際、観衆はこの絵の前で激しく憤ったと伝えられている。裸体であることが問題だったからではない。裸体画なら西洋絵画には古来から題材とし...
雑感

臣民から国民へ—主権者であるということ

∽∽日本の行政を考えるとき、制度や党派以上の最深部の問題として、国民の意識のあり方を感じるときがある。主権が国民にある国に住みながら、自分を主権者として引き受ける感覚がなぜか薄いように感じる。それは、民族の気質というより、統治の歴史によって...
雑感

漱石の間合い

∽ ∽夏目漱石という人を思うとき、その沈黙の仕方に心を惹かれることがある。多くを書いた人でありながら、どこか自分を生身のまま文章に織り込むことを律しているように見える。近しい人に宛てた私信でさえ、どこか冷えている。それは、情がないということ...
随筆

耳介 - 視界より外された身体

何故そんなことを考えはじめたのか、はっきりしない。以前、外出先で食堂に入った。テレビでは小泉八雲の特集をやっていた。NHKが放映していたドラマのヒロインが、小泉セツをモデルにした設定だったので、その宣伝も兼ねていたのかもしれない。  昔読ん...
詩文

黒髪

∽∽二十一のとき、ふたつ下の女性と暮らしていた。折れそうなほど細い、おとなしいひとだった。∽∽そのころの私は、受け止めたいものを、こちらからさし出すことを知らなかった。足りないものを世間のせいにしていた。就職の時期が近づいても、無いものを社...
小説

渋谷、冬

∽∽降誕前夜祭まえだったと思う。じつを言えば、もうよく憶えていない。彼女のコートの白さだけが、いまも頭の片隅にある。街路樹のイルミネーションなどは、記憶の混同かもしれない。∽∽彼女は、中学の同級生だ。たいして親しかったわけではない。ぼくらと...