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日本の行政を考えるとき、制度や党派以上の最深部の問題として、国民の意識のあり方を感じるときがある。
主権が国民にある国に住みながら、自分を主権者として引き受ける感覚がなぜか薄いように感じる。
それは、民族の気質というより、統治の歴史によって培養された意識ではないかと思う。
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江戸期まで日本の人口の大半は、農民層であり、彼らは年貢村請制や五人組の強い連帯管理の下に置かれていた。
近年において「士農工商」を全国一律の厳密な四民制に固定するのは実態から外れているとされる。
しかし、江戸社会が身分秩序から解放された社会だったわけではない。
江戸期の身分制度を都市部の実態だけで語ることはできない。
地方の村落において農耕などに従事する人々は、上からの秩序に従うよう長く組み込まれていた。
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明治になると、その民衆は、旧来の身分秩序そのままではなく、
天皇を焦点とした制度秩序の下で、新しい臣民として抱え込みなおされた。
戸籍、労働、納税、学制、徴兵などを通じて、国家は広く民衆を制度の中へ編入し、上から統制していった。
無論、それは江戸時代と同じではない。
しかし、民を上から束ねる縦の原理が、江戸期から形を変えながら続いていたと見ることはできる。
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戦後、日本国憲法は主権が国民に存することを明記した。
制度の上では統制管理される臣民ではなく、主権者たる国民として立てられた。
しかし、制度が変われば心性や意識も直ちに変わるわけではない。
政治家、官僚、国家資格者の言動には、臣民に対するような感覚がいまなお残存しており、
そして国民自身の意識や思念の中にも、なお上から圧され統治される感覚が残っていると感じる。
制度の上では国民主権であっても、政治文化や社会心理の深部には、なお臣民的なものが残っている。
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そのことは、占領終結後の日本政治の歩みにも、どこか滲んでいるように思える。
占領終結後、日本は二大政党制への成熟に向かったのではなく、一党優位の維持とその構造がいまもなお継続している。
そこには冷戦、利益配分、野党の弱さなど多くの要因があるとは思う。
けれど同時に、大きな変化よりも継続や穏便を選びとってきた民衆の癖も、無関係ではなかったように思える。
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こう考えると、問題は単に政治制度を知っているかどうかではない。
学校で憲法や政治の仕組みを学んでいても、それだけでは主権者としての自覚が育つわけではない。
構造を知ることと、その構造を支える思想を学ぶことは別だからである。
主権とは何か。
国家とは何か。
福祉とは何か。
政治を遠くから眺めるのではなく、自分たちが担うとはどういうことか。
それを学び考えて、はじめて制度への知識は主権者思考へ変わるように思う。
だから、いま必要なのは、単なる制度理解ではなく、主権者であるという精神を学ぶことのように思う。
臣民として従うことに慣れた感覚から、国民として主体となる意識と理念を持つこと。
政治を批評の対象としてだけではなく、自分たちの生活と統治の問題として考えること。
その意識の変革を社会が成しえないと、おそらく下げ渡される政策だけでは限界がある。
授け与えられる政治ではなく、私たち国民こそが政治の主体であるという意識を育てていく。
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国際連携、日米安保体制、人口減少と高齢化、足元の経済や社会基盤の脆さ等々、
日本はいま多様な問題を抱えているように思う。
しかし、それをひとつずつ解決するのでは遅いように感じる。
同時に多面的に変革してゆく、その分水嶺の重要な局面に日本社会はいま置かれていると感じる。
主権が国民にあるという理念が、憲法の中にあるだけでは足りない。
私たち国民一人ひとりが主体なのだという意識が育ち、はじめて国民主権は現実になるのだとあらためて感じる。
政治が私たちに与えてくれるのではない。
私たちが国政の権力を三権に分けて信託しているのだという感覚の巻き直しが必要なのである。
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二十六年五月四日
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