渋谷、冬

小説

  

降誕前夜祭まえだったと思う。

じつを言えば、もうよく憶えていない。

彼女のコートの白さだけが、いまも頭の片隅にある。

街路樹のイルミネーションなどは、記憶の混同かもしれない。

  

彼女は、中学の同級生だ。

たいして親しかったわけではない。

ぼくらと彼女らであつまっては、他愛も無くふざけあっていただけだ。

やがて、それぞれの進路に散ってゆき、

ぼくは隣接する町の男子高に、彼女は地元の女子高に入った。

  

思いがけず、彼女から連絡がきたのは、都内の大学に来て二年になるころだった。

聞き覚えのある、明るく屈託のない声が、携帯の向こうから響いた。

連絡簿をたよりに、この番号にたどり着いたという。

上京組の同窓会を考えており、男子側の取りまとめ役を、ぼくに頼みたいとのことだった。

とりあえず会って、話そうということになり、渋谷駅で待ち合わせをした。

  

約束の午後、モヤイ前の人混みから、彼女を見つけるのは、考えていたよりたやすかった。

「変わらないね」

とぼくがいうと、

彼女は大きい瞳をくるっと動かして、

「そっちも。」

と微笑った。

寒さで微かに頬が赤らんでいた。

渋谷に慣れていないという彼女を、案内する約束もしていた。

ぼくは友人たちとの暇つぶしの道を歩いた。

彼女はぼくの左側を、手が触れるような距離を保って付いてきた。

ぼくもゆっくりと歩き、彼女が人波にはじかれないようにしていた。

  

一時間ほどで駅に戻ると、近くの喫茶店に入った。

テーブル越しに彼女は、中学の記憶を愉しそうに話しはじめた。

その時、その薄い紅色の唇から漏れる、教室での過去が、いっせいにぼくを襲った。

誰かの嘲笑(わら)い声、輪の外の生徒たち、そして、埃の匂い。

痩せた机と椅子に割りあてられた、出口のない時間。

ぼくは卒業とともに、中学やそのクラスの記憶を、断ちきっていた。

彼女と過去の共有など無ければ、どんなに良いだろうと、思った。

彼女はときおり、相槌をぼくに探した。

けれど、もうぼくは話に入れなかった。

目をそらし、窓の外を眺めていた。

暗さが深まってゆく歩道では、街路の灯りが行き交う人々を、きらきらと映していた。

  

彼女をそのあと、改札まで送った。

幹事のことには一度も触れなかった。

背中を向けるまで、彼女は明るさをくずさなかった。

  

あれ以来、一度も彼女に会っていない。

いまも渋谷の駅は乗り換えに使っている。

西口の広場まで、出てみる日もある。

モヤイは隅に遠のき、ひとの流れは変わった。

  

あの日ぼくは、彼女が抱えていた重さを、持ってあげようともせずに見送った。

忘れてしまおうとした時間が、ながくあった。

変われないまま、ここにいるのは、ぼくだけだ。

  


コメント

タイトルとURLをコピーしました