小説

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その骨を手に取り見つめたとき依子は、たとえようもない何かに胸の奥を触られたように思った。

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アパートのドアの前でそれに気づくと、なぜか迷うことなく拾い上げていた。
バッグから取り出したティッシュに包んでおり、直接触れてはいない。
けれど、気味が悪いとも、不潔だとも思わなかった。

イミテーションだろうか、とながめていたが、どう見ても本物のように思えた。

「動物の骨?」

五センチほどの長さで、肉のこびりつきもくすみもない。

真っ白な、つや消しの質感になぜか惹かれた。

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部屋へ持ち帰ると、もう使っていない銅鍋で煮沸し、水道水でよく洗った。
それを数日間ベランダで乾かしてから、チャックの付いた小さなビニール袋に入れ、
さらに茶巾袋にしまって、鞄の中へ入れた。
骨を持つようになってから、会社へ向かう気持ちの重さがいくらかうすらいだ。

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しばらくして依子は、郷里で見合いをした。母がかねてから薦めていた相手だった。
青年は誠実そうな印象だった。

平凡な二十九歳の依子には、もうない相手に思えた。

デートを重ねるたび、青年は依子にわずかずつ歩み寄ってきた。
依子のほうもその距離を避ける理由が見当たらなかった。

半年後にプロポーズを受けた。

それから時間は、いままでの依子を忘れてしまったように、早く過ぎていった。

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ひと月後、結婚と退社を会社に告げた。
そうして遠い郷里での披露宴には、会社からの出席を望んでいないとも伝えた。

祝いの言葉を受けながら依子は、ふと骨のことを思い出した。
そうして、退社するその日に誰かの机の脚下《あしもと》にこっそり置いて去ろうと考え付いた。

そのひそやかな思いつきは、依子の気持ちをわずかに明るくさせた。

依子はそれを思い弄《あそ》びながら、日を過ごしていった。

気障で狡猾な上司か、鼻に懸けるものが顔かたちだけの同僚か、剥き出しの言葉を刺してくる後輩か、
依子はそれまでは伏せていた瞳を上げて、フロアを見渡してみた。

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その日、依子は式事の確認で郷里にいた。式場でおおかたの打合せが済むと、結婚後に暮らす彼の部屋へ戻ってきた。
昨日からそこに泊まっていた。

依子はその日の夕方の搭乗チケットを持っていたが、帰る前にもう少し二人きりで過ごしたいと誘う彼に従った。

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やがて飛行機の搭乗時間が近づいた。空港まで送るという彼に付いて部屋を出ようとしたとき、

「これ、君の忘れもの?」

そう云うと、彼はそのまま先に玄関へ向かった。

渡された茶巾袋の柿色を、依子は呆然と見つめた。

そうして小刻みに震えはじめた手を、胸元できつく押さえこんだ。

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依子は、その日から数夜を眠れずに過ごし、やがて、一方的に結婚を取りやめた。

会社は予定していた退職日に祝福を浴びながら辞めた。

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